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Jan 2019

がん遺伝子パネル解析/クリニカルシーケンスにおける
FFPE組織切片からのゲノムDNA抽出の重要性

地方独立行政法人 山梨県立病院機構 山梨県立中央病院
ゲノム解析センター・ゲノム検査科
研究員・チーフ 弘津 陽介 先生

がん遺伝子パネル解析とは、がんの表現型と深い関係がある特異的な遺伝子変異のみをターゲットとして、次世代シーケンス(NGS)技術で一度に多数の変異部位をジェノタイピングする解析手法です。この技術を用いて診断や治療の補助情報とすることは近年クリニカルシーケンスと呼ばれ、非常に注目される分野となっています。がん遺伝子パネル解析で使用するゲノムDNAは、病理検査で使用されるFFPE(ホルマリン固定パラフィン包埋)組織切片から抽出が行われますが、DNA抽出工程がシーケンスの成否に大きな影響を与えます。このサンプル調製とがん遺伝子パネル解析/クリニカルシーケンスの実際について、山梨県立中央病院の弘津陽介先生にお話を伺いました。
(インタビュアー:小野寺 純 [ベックマン・コールター] )

ご研究の概要について

肺がん、肝臓がん、胃がん、大腸がん、胆膵がん、乳がん、卵巣がんなどの本病院で作製されたFFPE組織切片から抽出したDNAのがん 遺伝子パネル解析、いわゆるクリニカルシーケンスを行っています(Figure 1)。FFPE 組織切片全体からDNAを抽出するのではなく、レーザーマイクロダイセクション(顕微鏡で組織切片を観察しながら標的とする細胞塊をレーザーによって切り出し・採取する機器)を用いて、がん化した組織特異的なサンプリングを行っています。同一腫瘍中の異なる組織型からそれぞれサンプリングを行い、より細かな解析を行う場合もあります。この場合でも、NGS解析に十分なDNA収量が得られています。

シーケンス後のバイオインフォマティックス解析では、がん組織検体を採取した患者さんの血液検体を対照(非がんゲノム)とした、体細胞変異の検出を主に行っています。今はまだ基礎研究的な側面が強いところもありますが、患者さんの検体ですので電子カルテといった臨床データが紐付いていますし、がん登録された検体の配列データが病院にはありますので、これらのデータを活用し、臨床医学に軸足を移した解析を目指しています。

Figure 1. クリニカルシーケンスのワークフロー

FFPE組織切片を使用するメリットと、最適な固定方法について

クリニカルシーケンスにFFPE 組織切片、新鮮凍結組織切片のどちらの検体を使用するのが適するかという議論ですが、レーザーマイクロダイセクションで腫瘍中の組織単位で分けるような仕事では、固定されたFFPE組織切片からの切り出しの方が、細胞の形態を顕微鏡で確認しやすく、技術的に容易で、私の用途には適しています。別側面では、多くの一般病院で大量の新鮮凍結検体を収集して-80℃保存するという現場体制を作るのは、現実には難しいと思います。一方FFPEは、病理診断で使用されたものが室温保管されているため検体数が圧倒的に多く、現状のがんパネルシーケンスで問題なく使用できるため、有用性は高いと言えるでしょう。

FFPE 組織切片からクリニカルシーケンスを行うときの一番のポイントは、FFPE作製時に10%中性緩衝ホルマリン固定液を使用することが非常に重要です(Amemiya and Hirotsu et. al., Clin. Chim. Acta. 2019;488:129-134.)。中性緩衝されていないものや高濃度のホルマリンで固定すると、DNAが断片化してしまい、NGSはおろかqPCRで使用してもデータとしては厳しいものとなってしまいます。現状でも10%中性緩衝ホルマリンで固定を行っているFFPEの割合は、さほど高くはないと思います。レアタイプの腫瘍や年間に数例しかないような患者さんの検体が、固定条件のためにシーケンス解析できないという残念なケースが結構あるのではないでしょうか。もちろん本病院の病理検査室で使用する固定液は、すべて10%中性緩衝ホルマリンに統一しましたが、それ以前に作製された中性緩衝されていないホルマリンで固定したFFPE 検体からのシーケンスの成功率は、やはり厳しいのが実際です。

FFPE組織切片からのDNA抽出方法について

クリニカルシーケンスの処理数は、週20検体程度をこなしています。すべてがFFPE検体であるわけではなく、対照の血液検体や、セルフリーDNA解析用の血漿検体も含めての数字です。FFPE組織切片からのDNA抽出は、当初はシリカカラム方式のキットを使用しており、シーケンス解析に問題のない品質のDNAが得られていました。しかしながら、処理すべき検体数がどんどん増えてきて、今後もさらに増加していくことを考えると、DNA抽出の自動化について検討する必要がありました。そのような背景から、自動化に適した抽出方法として磁性ビーズ方式を検討し、現在はFFPE組織からのDNA抽出キットは、ベックマン・コールターのAgencourt FormaPure DNAを採用しています。シリカカラムキットと性能比較実験を行ったところ、抽出DNAの断片長に大きな差はありませんでしたが、FormaPure DNAは高収量で抽出可能な傾向がありました(Figure 2)。やはりDNA量が多いのはメリットで、サイズの大きなDNAの絶対量が増えるので、今まで増幅しなかったPCRがワークするようになる可能性があると思います。

Figure 2. 10 μm FFPE組織切片1枚(未染色またはHE染色)からのDNA抽出収量(n = 3)。
① カラム式キットA、 ② カラム式キットB、
③ 磁性ビーズ式キットC、 ④ Agencourt FormaPure DNA

FFPE組織切片からの抽出したDNAの品質評価について

抽出したDNAの品質評価の方法は、ゲルやポリマーが充填されたチップで核酸のサイズを測定する機器を使用する方が多いかと思いますが、私は以前からqPCRでDNA品質を評価する方法を採用しています。長いアンプリコン(PCR産物)を増やすプライマーと短いものを増やすプライマーの両方でqPCRをかけて、それらの比をとってDNAの断片化程度を評価する方法です。もちろん同時にDNA量も正確に算出することができます。本病院では、RNaseP遺伝子座を増幅するキットを使用しております。ProNex DNA QC Assay やKAPA Human Genomic DNA Quantification and QC Kitなどキット製品化されていますが、非常に正確なDNA品質確認手法であると思います。

FFPE検体として保存されていたDNAは、脱アミノ化が起きてシトシン(C)からウラシル(U)に塩基が置換してしまっている場合があります。この影響を軽減するために、ウラシルDNAグルコシラーゼ(UDG)処理を行って、置換したウラシルを除去しておくこともバリアントコーリングでのノイズ低減に重要です。

FFPE組織切片から抽出したRNAの解析について

将来的には、FFPE組織切片からRNA抽出を行う可能性もあると思います。RNAシーケンスから探っていけるのは、やはり融合遺伝子の同定が有効であり、がん種によっては解析が必要となってくるでしょう。肺癌のALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子の同定は治療方針を決める上で重要ですので、保険収載された検査として行われます。胆管がんのFGFR2 融合遺伝子への分子標的薬の治験で良い結果が出ていますが、そのようなケースが増えてくればFFPE組織切片からのRNA抽出に関する需要も増えてくれと思います。ベックマン・コールターからはFFPE 組織切片からDNAとRNA の両方を抽出するAgencourt FormaPure Totalが出ていますし、DNAとRNAの両方のライブラリを一度に調製して、まとめてNGS解析を行うがん遺伝子パネルキットも既に市場に出ていますね。

FFPE組織切片からのDNA抽出方法について

がん遺伝子パネルライブラリ調製については、PCRによるゲノム上標的部位のエンリッチメント方式を採用しています。標的部位配列に対するプローブを用いるキャプチャ方式もあるのですが、FFPE組織切片からレーザーマイクロダイセクションでサンプリングを行っている関係上、得られるDNA量に制限があり、ある程度のサンプル量を必要とするキャプチャ方式は採用していません。PCRによるエンリッチメント方式であれば、DNA 1 ngオーダーからライブラリ調製が可能です。

がん遺伝子パネルライブラリ調製用のプライマーセットは、自分たちにとって使いやすいようにカスタムデザインしています。バックグラウンドで生じるより、がんによって引き起こされることが多い遺伝子変異を、1臓器あたり約50遺伝子を選んでカスタムキット化しています。解析対象領域は、合計250 ~ 300 kbになります。

患者さんのがん部位(レーザーマイクロダイセクションで取得)と非がん部位(血液)のライブラリをそれぞれ調製してNGS解析を行い、その配列の違いを腫瘍化に由来する変異候補部位としています。これらの候補部位は、がんパネルで約50遺伝子を見た場合には10ヶ所前後まで絞り込むことができます。レーザーマイクロダイセクションで組織を絞っているため、ノイズが少なく感度が高い結果が得られていると考えています。

がん遺伝子パネル解析のワークフロー自動化の必要性について

我々の研究室では現在、私のほかに臨床検査技師2名が毎日、さらに普段は臨床の現場で勤務する医師5名が週1回実験を行っています。このような様々なメンバーが実験を行っていますが、ジェノミクス実験の経験が少ない人が自分で試薬を調製するようなことろから始めると、どうしてもミスが多くなってしまいます。臨床検体は非常に貴重で使用できる量に限りがありますので、実験の失敗で検体を失ってしまい、希少症例の解析ができなくなってしまうようなことが起こり得ます。処理すべき検体数が増えてきていることもありますが、やはり実験の失敗率を減らすためにも、実験条件の標準化とともにサンプル調製の自動化を進めていくことは重要だと考えています。

現在研究室では、FFPE組織切片からの核酸抽出と、調製したライブラリを次世代シーケンサーにロードする部分、つまりワークフローの最初と最後のみが自動化されています。最も煩雑な実験であり、ワークフローの中心部分であるライブラリ調製についても自動化も進めていく予定です。核酸の磁性ビーズ精製から、ライブラリ調製で必要とされる精確かつスピーディーな分注・希釈が可能な自動化環境をメーカーに提供していただけると、非常に助かります。そういう意味でも、ベックマン・コールターの自動分注機Biomekシリーズには期待をしています。

基礎科学系人材の臨床領域での活躍について

私は以前、基礎科学系で研究していましたので、同じような方々が臨床のフィールドで働けるような機会が増えてきてもいいのかなと思っています。臨床検査技師の方にとっては、ゲノム・遺伝子というとやはりハードルが高いようで、難しいものという先入観を持つ方が多いように感じます。ただ、がんゲノム医療を実施するとなりますと、病院中でもそのような知識・経験が豊富な人材が必要となりますので、基礎科学系出身者の活躍の場というのは、今後は増えてくると思います。がんゲノムのデータがある程度蓄積し終えた後に、それらの解釈と合わせて臨床データを紐づけることにより、有益な知見を引き出していく必要があります。その過程においては、ゲノム科学と臨床医学を繋ぐことができるような人材が求められることになるでしょう。

クリニカルシーケンスで患者さんのがん遺伝子の変異パターンが明らかになり、その結果を踏まえて医師がどのような分子標的薬を含めた治療薬を使用するかを判断することになります。この判断過程をサポートする役割も、基礎科学系の人材が担えるようになる可能性があります。例えば基礎研究のレベルではここまでが明らかになっていて、こういう薬が使える可能性があり、推奨はこれくらいになるだろう―といった最新科学知見を基に説明できる能力を持った人が、今後は臨床現場にも求められるかもしれません。

今後FFPE組織切片から核酸を抽出して、ジェノミクス解析を行う方へ

FFPE 検体は、まず何よりも保存されている検体が非常に多いので、これらの様々な症例とリンクしたがんゲノムの解析が進めば、新たな知見がものすごい速度で蓄積されることになるでしょう。品質の高い核酸が抽出できてしまえば、がん遺伝子パネルシーケンス解析に持っていくことに関しては特段の問題はありませんので、FFPE検体を実験材料とすることに躊躇する必要は全くありません。確実なDNA抽出キットを使用して、抽出したDNAの品質管理を適切に行うことは、有益なデータを得るために必須といえます。

施設紹介

地方独立行政法人 山梨県立病院機構 山梨県立中央病院
所在地:山梨県甲府市富士見1-1-1

山梨県における中心的な医療機関であり、がんゲノム医療連携病院、都道府県がん診療連携拠点病院に指定されているほか、県唯一の総合周産期母子医療センターを持つなど、多様な機能を有している。

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